#author("2020-02-08T17:55:02+09:00","","")
*TOPログ [#h0cf0398]
#author("2020-10-31T16:57:44+09:00","","")

**<ラプソティ・イン・ブルー> [#g58aad1c]
 流転する運命を掌で遊ばせるように。
 ままならぬ結末を全て許すように、反対に責め立てるようにも。
『セイレーン』――セイラ・フレーズ・バニーユは金の髪を揺らした女の横顔を見詰めていた。
「ああ……」
 唇から掠れて飛び出したのは友人への慰めであった。
「残念でした、ね?」
 しかし、その声音が明るく跳ねている事を隠しきれない儘にバニーユ夫人――セイラは魔種リーデル・コールを見詰めている。
 狂ってしまった女にはセイラの内にある言葉とは裏腹に隠しきれない歓喜の気配を感じ取ることはできない。
 一方の狂王種はリーデルへと擦り寄り、女の悲しみに寄り添っている。
 無数の水泡が蒼の中に立ち昇る光景はまるで慟哭のようでさえあった。
「どうして―――……?
 ねえ、セイラ。私は確かに幸せだったのよね? 大切なものを手に入れて、『この子』と幸せになれる。
 そうよね? ええ、ええ、そうだったはずだわ。それなのに……それ、なのに……?」
 まるで我が子を慈しむかのように狂王種を撫でていた指先に力が籠る。
 情愛の込められた甘やかな指遣いなど無かったかのように茨は伸び上がり狂王種の躯へと食い込んでいく。
 傷付き、流血する狂王種はそれでも動かない。微動だにしない。痛みを、苦しみを耐えている。
「ああ……ああッ――――!
 どうして? どうして、世界は私を愛さないの!?
 こんな世界ッ、こんな世界なんて私は、私は愛さない――!」
 頭を抱え錯乱する女を横目にセイラは『絶望的な水牢』をうっとりと眺めた。
 その中には囚われた者が居る。リーデルにとっては決して縁浅からぬ存在、魔種となった彼女を攻め苛み、未だ澱の中に捉え得る存在である。
 結論から言えばその十夜 縁(p3p000099)はリーデルの呼び声を跳ね退けた。どこかより響く鈴の音を追い掛けるように、この昏き場所から陸(おか)へと昇る事を決めたのだ。
 腐れて果てた果実の誘惑より、清廉に響いた鈴の音を頼る事に決めたのだった。
 情深く、何処までも爛れた女にその結論だけは許せまい。
 この結論だけは狂う程に――耐え難いのは想像するに難くない。
 かくてリーデルは嘆き、哀しみ、発狂し、セイラは密かにほくそ笑む事となっていた。
(ああ! 嬉しい、嬉しい! 彼女だけが幸せになるなんて、羨ましくて、妬ましくて、私まで狂ってしまいそうだったもの!)
 魔種(どうほう)の慟哭を聞きながらセイラはにんまりと微笑んだ儘だった。
「さあ、この後はどうしましょう?
 ……嗚呼、可哀想に。リーデルはとても『冷静に考える』余裕なんてありませんね?」
「では、全て私が」。セイラは美しい笑みを浮かべ水牢へと指先を差し入れる。
 人知れぬ深き『死の領域』より一人で抜ける事などできないでしょうと囁きを返して。
「ねえ、貴方。リーデルの声を拒絶した『彼女にとっての裏切り者』さん?
 嗚呼、面白かった。そう、そうですね。陸(おか)へと戻してあげましょうね、王子様。
 ええ、海上には私の家の者がおりますもの。安全に戻ることができますよ。
 ……どうぞ、どうぞ。迎えの船に乗ってお戻りなさい?」
 そうしてやる事に然したる理由はない。
 強いて言うならば『自分にいけ好かない結末を選び取らなかったから』としか言いようがない。
 嫉妬の魔種は友人の幸せを祝福するようには出来ていない。何を置いてもそればかりは有り得ない。
 囁く声と共に、セイラはそっと水牢の鍵を開く。リーデルと同じ香りをさせた彼女――いや、ひょっとすれば彼なのかもしれない。まじまじとセイラを見遣ればリッツパークに居た彼女とは随分と肉体が変化している――はころころと笑った。
「私ったら、愛だとか恋だとか、下らない事が大嫌いで大嫌いで……
 だって、そんなものを乞うて涙するなんて下らないでしょう?
 泡になるのもナイフを突き立てるのも真っ平ごめんですもの」
 くすくすと笑ったセイラの指先が、縁の首筋へと指を喰い込ませる。
 絶望の青は嘆きのスープだ。幾重にも重なった無念が、嫉妬が――『此の世で最も醜悪な者達が、此の世で最も美しい海を形成している』。かつて縁がリーデルにしたように、セイラの細い指が彼の咽喉を締め上げ、ぎりぎりと音を立てている。
「けれど、私の友人を悲しませたのですもの。
 貴方ばかり前に進もうというのですもの。
 私はそれを止めないけれど、貴方の身の上を妬まないとは言っていない」
 締め上げるセイラの指先に意識の無い縁の顔が歪みに歪んだ。
「おっと、殺してしまう所でした」
 肩を竦めたセイラの指が縁の喉から離れた時――彼のその身にはセイラやリーデルと同じ匂いが沁みついていた。
「特別に送迎まで任されます。
 でも、ただで帰れるだなんて思わないで下さいね。
 ただで生きられるとも思いませんよう。
 ああ――可哀想なリーデル。
 大丈夫、大丈夫ですよ。王子様は陸に戻って別の姫君に愛を囁くのです!
 その先にある結末(エンディング)が一層ふしあわせなら――貴方も救われるというものでしょう!?」

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''※十夜 縁(p3p000099)さんが原罪の呼び声を拒否しました。''
 ''バニーユ男爵夫人が彼を送り届けた後に行方不明となりました……''


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