#author("2020-03-20T00:54:39+09:00","","")
*TOPログ [#o88cb9b1]
#author("2020-10-31T17:00:17+09:00","","")

**<小さな奇跡のその価値は> [#ec9dc5a4]
 絶望の青は死の海域だ。
 常に定まらない最悪の気象条件を手始めに、何かに猛り続ける狂王種、そして生者を憎む幽霊船。
 伝説の海賊『ドレイク』がうろつき、魔種共は廃滅を総べる七罪嫉妬の下にこの海を阻んでいるという。
 そんな海で、真冬の海で。まさか海水浴を楽しみたい人間はいないだろう。
 そんな海に深手を負って投げ出され、無事に済む可能性が一パーセントでもあったかと問われれば無いと断言出来るだろう。
「お父様、やはりこの辺りは……幾分か『静か』な感じがしますね」
 故に――彼女が、イリス・アトラクトス(p3p000883)が命を落としていないのは、共にあのブラッド・オーシャンから飛び込んだ父、エルネストと共に命脈を繋いでいるのは安直にしてささやかな、そして大いなる価値を持つ奇跡と呼ぶ他はないのだろう。
「……どうだかな。静か、というよりは……」
「……………言うよりは?」
「『何かに怯えているようにも見える』。もっとも唯の勘に過ぎないが」
 二人が今居るのは絶望の青に浮かぶとある島の浜辺である。
 海賊提督バルタザールとの斬り合いで倒されかかったイリスを救援し、二人が海に逃げ延びたのは数日前。
 先述した通り、助かるかも分からない、むしろ分の悪い賭けではあったのだが……
 うすらぼんやりとした意識の中で父の腕に抱かれた記憶はイリスにも残っている。
 彼が自分を抱えたまま、荒れる海を泳ぎ抜き何とかこの島に到った事も。
 海を得手とする海種でなければ絶対に不可能だったと言えるが、そこに確かな計算があったとは言えない。思えない。
(……うーん、相変わらず……)
 イリスがちらりと見上げたエルネストの横顔は意味深な事を言ったこの瞬間にも微動だにしていない。
 イリスにとって寡黙で厳しい父は畏怖の対象であり、決して親しみやすい存在では無かった。
 イリスの話し方が普段と父にとで大分違うのも分かり易いと言えば分かり易い証明である。
 故にこんな鉄火場でまさか轡を並べると聞いた時には……
(……何で、来たのとは聞けなかったままだったっけ……)
 幾分かもやつく気持ちを禁じ得ないが、少なくとも父が命を投げ捨て自分を助けてくれた事は事実だった。
 揺らがずそれは間違いなくて、故にイリスは何時にもまして彼との距離感を意識してしまうのだった。
「……狂王種が静かなのが何かに怯えているからだとして、だとしたら私達も余り長居はしたくないですね」
「まったくだ。だが、イリス。この島を見て気付く事はないか?」
「……いえ、特には……普通の、島じゃないかなって」
 島は諸島で構成された海洋王国で良く見る有り触れた代物である。
 特徴は然程無く、『取り立てて何かを指摘する程のものではない』。
「『普通の島』だぞ。絶望の青における普通の島だ。吹けば飛ぶような小島じゃない。
 しかも狂王種の反応がおかしいならば、これは特別だという事に違いない。
 我々の――王国の作戦目標は橋頭堡の確保だ。つまり、この島は御誂え向きの場所という訳だ」
「……………あ!」
 海洋王国は所謂『後半の海』に備える為の足掛かりとして、補給線の確保が出来る橋頭堡を求めていた。
 言われてみれば確かにこの島は他の島に比べかなり大きく『普通の島』の体裁を保っている。王国側の軍艦が休息するにも臨時の基地を作るにも、物資を運び込むにも――中継点として悪くないように思われた。
「問題はこれをどうして知らせるかですね」
 イリスの言葉は切実だった。今辛うじて生きている自分達もこの先どうなるか分からない。
 出来るだけ早く救援を仰ぎたいのは本音であり、二人が期せずして得た情報が重要ならば尚更だった。
「問題ない」
 だが、気を揉むイリスを相変わらず鉄面皮のエルネストは一顧だにしていない。
「問題ないって……」
「商人は勝算無く、備えなく海には出ない。
 商人は勝算無く、こんな海に飛び込まない。
 俺は自分の位置が大まかに伝わるようにこれを持ってきた」
「……あ!」
 懐から古びた銀の懐中時計を取り出した父にイリスは思わず声を上げていた。
 家出をする前――そう『箱入り』だった頃、父に持たされていた品だった。確かにそれは今思えば心配性にも思えた父が『まだ幼かった頃のイリスが大体どこにいるか確認する為のアイテムだった』と聞いていた。
「成る程、これなら海洋王国に私達の位置が伝わり……
 いや、近くを航行している船団がいるなら少なくとも救援部隊を出す為の偵察はすぐに済む」
 半ば呆れて半ば感心して――イリスは漸く合点した。
 やはり父だ。父は何時も自他に厳しく思い付きで行動したりはしない。
「こうなると分かって……でも、ありがとう」
 彼の行動には必ず意味があり、理解と勝算があり、だからあの時飛び込んだのも――
「いや?」
 ――イリスの言葉は凡そ一秒で否定された。
「こうなるとは少しも思っていなかった。今のは『こうなった後の結果論』に過ぎん」
「……えっと?」
「絶望の青で海水浴をして無事に済むか。こんなものは運でしかない。
 勘定で考えるなら土台間違った選択だ。何一つ正しくないだろう。
 もしお前が捕まったとしても、捕まえるならば理由がある。
 その後(リカバリー)を考える手段もあった筈だ。俺はそうする。普段なら」
「……………あの、えーと?」
「俺は何も考えず――一番したいように動いただけだ」
 親の愛情とは凄まじいものである。子供にどれだけ伝わらなくても、それはきっとそういうものなのだ。
「不満か?」
「いえ……」
 寡黙な割に今日は良く喋った父に、イリスはもう何と言っていいのか分からず――何とも微妙な顔をした。

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''※海洋王国にアトラクトス親子の所在が『大きな島』である事が伝わりました!''
 ''首脳部は緊急で会議を行い、ローレットにも通達が出ています!''
 ''ソルベ卿指揮の下、即座に主力部隊の用意を進められているようです!''


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