#author("2019-08-21T18:12:54+09:00","","")
*TOPログ [#jfaec92b]
#author("2020-10-31T15:59:06+09:00","","")

**Lasting child [#o3e1d410]
 ――かつて愚かな老修道女が居た。

 朝日が昇るずっとずっと前に、彼女は目を覚ます。
 祈りと共に過ごし、朝日が昇った後に皆の朝食を作る。祈り、それから食す。片付ける。
 すぐ昼前には使うというのに、いちいち乾かしてから棚へ戻す仕草を他の修道女達は笑いものにしていたが、老婆は気にも留めていなかった。
 時折片付けたはずの食器が洗い場で濡れている事もあったが、それも丁寧に洗い直した。
 みんな決まってくすくすと笑ったが、彼女は微笑んだ。

 来る日も来る日も。ただ食事を作り、修道院の掃除を続けて聖典を読み祈る。
 農作業、修繕、機織り。自身は一滴とて飲むこともない葡萄酒造り。
 愚直で善良なだけが取り柄の老婆だった。

 幾星霜と繰り返す日常。
 巡る季節の中、しかし運命の歯車が動き出す。

 院長の部屋を掃除している時の事だった。
 書類になにやら計算違いがあるではないか。
 彼女は純然たる善意から、それを丁寧に指摘してやった。
 審問官が現れたのは、次の日のことだ。
 嫌疑は『修道院の帳簿を書き換え、修道院長と司教を陥れようとした罪』だ。
 愚かな彼女は、そこで初めて気がついた。
 己が見つけたものは、裏帳簿だったと。
 彼女は愚直に弁明したが、それが更に事態を悪化させた。

 そうして遂に。
 嘆きの谷、その断崖絶壁を背にして、彼女は審問官の足下へとすがるに至る。
「妾は……どこで間違えたのであろ」
 老婆の問いに審問官は慈悲をかけた。
 彼女の弁明が正しいのであれば、これは殉教となる。
 そうでなければ贖罪となる。
 少なくとも確かにそれを『慈悲』だと言った。

 老婆は――本当は知っていたのだ。
 この国が、その正義が、白一色ではないことを。

 衝撃と共に、身体が宙へ浮く。

 力があれば良かったのか。
 金があれば良かったのか。
 権力か。
 それとも。

 やりなおしたい。

 ――やりなおしたい。

 ――――やりなおしたい!

 ただそれだけを願い、老婆は谷底へと消えてゆく。
 そこで聞いた『あの声』は果たして救いだったのか――

 ――――

 ――

 こくりと船をこぎ、アストリア枢機卿は目を覚ました。
 ずいぶん古い夢を見ていた気がする。
 俊英の孤児たる彼女は、ふらりと現れた時から聖典を諳んじる事が出来た。
 神童。星の乙女。
 修道院から神学の道を目指した彼女は、長い年月を上り詰め此所に居る。

 振動と爆音。続く鬨の声。
 遙か前方だ。敵が――人間風情が、あの忌々しいイレギュラーズの小僧共が突入を開始したのだろう。

「おい……ロガリ」
 返事はない。彼女は振り返り舌打ちした。
 居るはずもない。
 ロガリは神器の護りを命じられている。そうさせたのはアストリア自身だ。
 あれは今後の為にも必要な物である。疎かには出来ない。
「くそめが」
 ぶつける先のない苛立ちに身を任せて、彼女は歩き出す。
 右の後ろに続くのは十名の騎士。全て動く死体。
 左の後ろに続くのも十名の騎士。真新しい深紅の鎧――月光人形。
「どうじゃ、木偶共」
 返事はない。
「同じ騎士から死体で十騎、模造で十騎」
 死体は虚ろに。深紅の騎士達は射貫くような憎悪の視線を枢機卿に投げかける。
 それでも月光人形に反逆は許されていない。
「二倍の収穫じゃ。実にプラクティカルだと思わんか?」
 あざ笑う。
「だのに顔を焼くなぞ、木偶風情がつまらん真似をしおって」
 颯爽と目指すのは門。向かうは最前線。

「……アブレウめ」
 ぐずぐずした、だらしのない奴だ。
 援軍に駆けつけるつもりが、このままでは勝利の凱旋となってしまうに違いない。
 戦などと言う物は――己が敵を皆殺しにすれば終わるのだ。
 奴めと呑み交わしたい葡萄酒もあった。
 これから国を分かち合う末永き友に、その程度の楽はくれてやってもよかろう。

 さて、ならば。
 事は単純。まずどの命から奪おうか!

 ※ネメシスの運命を左右する決戦が行われています……!


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